甦りつつあると云うこと

本当に久しぶりの、ブログ更新。

 

漸く感覚が戻って来たようだ。

 

何も考えられないということ。

意識がここにないということ。

自分を見失うということ。

精神が浮遊している感覚。

平衡感覚を失った身体。

聴覚に感知出来ない波長音。

まるで百数十億年前に起ったとされる、宇宙の始まりに発せられた波長。

誰にも聴こえない、いや本当は誰にでも聴こえているのかも知れぬ、ミクロを超えた,高周波のような音が、脳内を駆け巡り、次第に精神を崩壊させて行く。

 

真夜中に、放送の終わったブラウン管に映し出される、あのちかちかとした明かりの束が、私たちを取り巻く宇宙空間に漂う、百数十億年前の宇宙誕生の波長の残滓であると云うことを、最近知った。

私の脳内を駆け巡る、あの音は、宇宙創世の残滓なのか。

 

犬にだけ聴こえる犬笛の音のように、今の私にだけ聴こえる脳内音。

 

精神の崩壊が身体の崩壊を引き起こすのか、身体の崩壊が精神の崩壊を引き起こすのか、いずれにせよ私が崩壊しつつあったのは事実であり、幸いなることに、最近漸くのことではあるが、そのことを自覚する感覚が甦りつつあるのだ。

 

思考し、それを言葉に置き換え、音声と身体、視覚と聴覚によるコミュニケーションを表現の手段として来た私にとって、なにも考えられなくなるということは、表現を失い、存在を奪われることと同じことなのだ.

 

人間誰でも、前向きに生き続けているわけではない。

私とて、やる気満々の時は在る。しかし人前では空元気を出していても、本当はいつも内側を向いている人間なのだということを、よく知っている。

 

若かりし頃、パリに渡ったときには、ボードレールの「Le Spleen de Paris」とロートレアモンの「Les Chants de Maldoror」を抱えながらセーヌの河畔を歩き廻り、寝床に入ればカフカを読みふけっていたような人間なのだから、今更変わりようもない。

 

訳の解らぬ、精神と身体の崩壊にのたうちまわり、自らを忘れ失ってしまっている男。

こんなになっている私を、じっと見守り続けていてくれる妻が居る。

 

春よ、もうそろそろ私を、此の混沌から解き放っておくれ。

妻に、優しい微笑みを送り返すために。

 

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